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城メモ 兼 肥後加藤家周辺メモ

【史跡】丸岡城・天澤寺

肥後改易後、加藤忠広が捨扶持1万石で預け置かれた丸岡の館。



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△ 丸岡城周辺地図



▶丸岡城
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△ 丸岡城案内板。


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△ 屋敷跡の一部。忠広は改易の沙汰後江戸から庄内の地に趣き、その後22年をこの地で過ごし没した。


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△ 庭園跡。生母や側室、乳母など親しい人々に囲まれて過ごした配流地での生活は、案外忠広にとって心安らぐものだったのかもしれない。


和歌
△ 忠広が丸岡生活で編んだ「塵体和歌集」より


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△ 館の外側の一辺にある水堀跡


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△ その内側の土塁。

馬出し跡と書かれた部分もあったけれど、現地に立っても形状よくわからず。



▶天澤寺
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△ 参道。丸岡城の隣にあり、「清正閣」「清正墓地」「忠広家中の者の墓」等あり。


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△ 清正閣入口


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△ 清正閣説明
改易時に熊本の廟から清正遺骨を持ち出し丸岡の地で葬った、という顛末の説明。昭和年代に入り発掘調査も行われ、清正閣から鎧一両、天澤地世代墓地の五輪塔から人骨を含む壺が見つかったという。

※ただし、これを清正の遺骨とする説は一般には否定されている
(1.当時の清正廟=本妙寺は厳重な備えであり、「盗掘」は不可能であること、2.忠広・その母正応院は江戸から配流地に移されており、熊本の清正の遺骨を持ち出すタイミングはなかったこと、などがその根拠)。詳しくは水野勝之・福田正秀「続・清正妻子の研究」を参照。


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△ 清正閣


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△ 清正「墓所」


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△墓所内部


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△「遺骨」出土場所


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△ 加藤忠広家士の墓


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△ 正応院主治医の墓


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創建:
宗派:曹洞宗
祭り:「御逮夜祭」「清正公祭」(7/24に近い土日)
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  1. 2015/09/29(火) 22:51:00|
  2. 墓所
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【清正公信仰】江別神社(北海道・江別市)

明治18年、熊本出身の屯田兵が守護神として清正を祀ることに始まった神社(公式HP


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△ 鳥居


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△ 本殿


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△ 御朱印



  1. 2015/09/28(月) 10:44:12|
  2. 清正公信仰
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【清正公信仰】法華寺(北海道・江差町)

北海道にも息づく清正公信仰。江差町編。


中世期から天然の良港として栄えていた江差町。特に松前藩藩政期以降は大阪・堺との交易が盛んになり、上方文化の影響を受けたという(江差町の歴史の詳細はこちら:江差町公式HP


▶法華寺
この地にも清正公信仰は波及しており、日蓮宗の寺院・法華寺の本堂には清正像が収められている。
法華寺の創立は江差町の南方に位置する上ノ国。寛文五年に江差の地に移転してきたという。法華寺の縁起はこちら(江差町公式HP)を参照。なお、「日蓮宗寺院大鑑」によると寺宝として清正書簡も所蔵しているとか。


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△ 法華寺山門。檜山番所からの移築。


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△ 法華寺本堂。天井に描かれた「八方睨みの龍」を目当てに拝観される方が多いとのこと。


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△ 御朱印


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創建:1291年、1665年江差に移転
山号:正教山
宗派:日蓮宗
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拝観情報不定休・大人300円





▶姥神大神宮

北海道最古といわれる姥神大神宮。その姥神大神宮に奉納される、これまた北海道最古を冠する祭り「姥神大神宮渡御祭」。上方文化の影響を受けたといわれるこの祭りでは13の曳き山とともに人々が練り歩き、そのヤマの一つに清正の人形が担がれている。


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△ 姥神大神宮


清正山_R
△ 境内に展示されている清正人形(他、武田信玄・伊達政宗人形なども)


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△ 海岸付近の壁に描かれたイラスト。




  1. 2015/09/28(月) 10:23:36|
  2. 清正公信仰
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【史跡】本住寺(忠広・正応院墓所)

肥後改易後庄内藩お預けとなった加藤忠広・その母正応院の墓所。
配流地の丸岡の北方、庄内藩の中心鶴ヶ岡城のお膝元に存在。


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△本堂。内部には束帯姿の清正像も。


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△山門には蛇の目・桔梗紋


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△忠広・正応院の墓所。山門から見て本堂左手に存在。


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△忠広・正応院の五輪塔


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△御朱印と頂き物。



  1. 2015/05/19(火) 08:51:11|
  2. 墓所
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【伝承】清正石@富隈城

島津義久の居館、富隈城の片隅にある「清正石」。


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慶長五年辺りの緊張状態や、庄内の乱での肥後勢の暗躍を考えると、うーむ…な伝承の石。

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富隈城案内板。

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富隈城石垣
  1. 2014/03/27(木) 22:17:05|
  2. 加藤家の築城・石垣普請
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